Tag: 沖縄県

デニー知事が国連軍縮トップに面会「沖縄を緩衝地帯に」

デニー知事が国連軍縮トップに面会「沖縄を緩衝地帯に」

  訪米中の沖縄県の玉城デニー知事は12日(日本時間13日)、ニューヨークの国連本部で中満泉・国連事務次長と面会した。日本人女性として初めて国連の軍縮部門のトップに就いた中満氏に対し、玉城氏は、沖縄でのアジアの女性トップやファーストレディーによるサミット開催という構想を披露した。 面会は玉城氏からの申し入れで約40分間行われた。玉城氏によると、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画について直接は触れなかったが、「沖縄をアジアの平和のための緩衝地帯にしたい」と述べ、県政への協力を求めた。中満氏からは「平和の環境を構築することに一生懸命取り組むことは、非常によいことだ」との言及があったという。 玉城氏は13日にワシントンへ移動する。国務省、国防総省の幹部らとの面会を調整している。記者団には、安倍政権が辺野古移設を「唯一の解決策」としていることについて、「世界から見て非常に奇異に映る、と言わなければならない」と語った。

辺野古埋め立て承認を撤回 沖縄県が政府に通知

辺野古埋め立て承認を撤回 沖縄県が政府に通知

  米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、県は31日、仲井真弘多前知事による埋め立て承認を撤回した。同日午後、工事主体である防衛省沖縄防衛局に撤回の通知文書を提出した。 撤回により政府は工事を進める法的根拠を失い、工事は中断する。政府は工事再開に向けて、撤回の効力を失わせる執行停止を裁判所に申し出る方針だ。 埋め立て承認の撤回は、8日に死去した翁長雄志氏が7月末に記者会見し、手続きに入ることを表明。死去後は副知事が準備を進めていた。 9月30日投開票の沖縄県知事選では、埋め立て承認撤回を巡っても論戦が交わされそうだ。

宮里藍さん、誕生日に結婚「現役支えてくれた彼に感謝」

宮里藍さん、誕生日に結婚「現役支えてくれた彼に感謝」

  女子プロゴルフの元世界ランキング1位で、2017年9月に第一線を退いた宮里藍さん(33)が21日、自らの誕生日の19日に結婚したことをブログで発表した。お相手は以前から交際していた男性マネジャーで、渡米後に出会ったという。宮里さんは「いい時も悪い時も現役生活を最後まで支えてくれた彼には本当に感謝しかありません。これからは、私自身が成長していきながら、温かい家庭を築いていきたいと思います」などと記した。 宮里さんは沖縄県出身。父の影響で、4歳からゴルフを始めた。宮城・東北高3年だった03年9月のミヤギテレビ杯ダンロップで優勝し、翌月にプロ転向を表明して史上初の高校生プロ選手となった。06年からは米ツアーに本格参戦。10年には日本勢初の世界ランキング1位になり、日本勢最多の年間5勝を挙げた。アマ時代を含め日本ツアー通算15勝、米ツアー通算9勝。

松屋、沖縄進出へ 「とんかつ」で吉野家・すき家に挑む

松屋、沖縄進出へ 「とんかつ」で吉野家・すき家に挑む

  松屋フーズが6月末、沖縄県に進出する。出す店は牛めしの「松屋」ではなく、とんかつの「松のや」。牛丼の「吉野家」や「すき家」がすでに進出していることも踏まえ、とんかつで挑む。 沖縄1号店は北谷町(ちゃたんちょう)に出す。瓦葺(かわらぶき)一利社長は「沖縄は人口が増え、子どもの人口も増えている。外食の比率も高い」と期待する。 2019年3月期は沖縄以外への「松屋」なども含めて店全体の数を増やし、前年比4.9%増の売上高976億円をめざす。

沖縄県知事、膵臓に腫瘍 月内に手術へ

沖縄県知事、膵臓に腫瘍 月内に手術へ

  沖縄県の翁長雄志知事は10日、同県浦添市の病院で記者会見し、膵臓(すいぞう)に腫瘍が見つかったと発表した。今月中に治療のための手術を受けるといい「根治する方向で治療を行う」と強調した。秋の知事選への対応は「出るとか出ないとか考えない状況で今日まできた。早めに病気を治す」と述べるにとどめ、明言しなかった。 腫瘍が良性か悪性かは現時点で判断できないとし、手術後に公務に復帰すると説明した。 翁長氏は5日に人間ドックを受け再検査のため7日まで入院した。この間、中国出張などの公務は取りやめていた。 翁長氏は那覇市長時代の2006年4月に初期の胃がんで手術を受けた。今回の再検査で膵臓以外の臓器に異常はなかったという。

両陛下、日本最西端の与那国島到着 離島に長く心を寄せ

両陛下、日本最西端の与那国島到着 離島に長く心を寄せ

  沖縄県を訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、那覇空港発の特別機で日本最西端に位置する与那国島に到着した。天皇陛下は象徴としての立場から遠隔地や島々への訪問を大切にし、これまで全国各地の50以上の島を訪れてきた。8月初旬には北海道の利尻島への訪問も検討。退位を前に、訪れたことのない離島への旅が続く。 与那国島では東(ひがし)牧場を訪れ、与那国馬の頭をなで「ずいぶん小さいね」と笑みを浮かべた。午後には伝統芸能の棒踊りを鑑賞し、日本最西端の碑を訪れる。 宮内庁関係者によると、天皇陛下はかねて、遠隔地や離島での生活には不便があるだろうと気に掛け、現地で住民と直接向き合うことを願ってきた。 即位した1989年には北海道の稚内市で日本最北端の宗谷岬を視察。2004年には沖縄県の石垣島や宮古島、17年には鹿児島県の沖永良部島や与論島を初訪問した。

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羽生は彼の新しい記念碑が仙台を訪問することを願っています

フィギュアスケート選手の羽生柚鶴は4月20日に故郷の覇者として故郷に戻り、平昌オリンピックで金メダルを祝う記念碑の前でポーズを取った。 4月20日に市の青葉区で開かれた式典で、羽生さんは「碑が仙台への観光客の流入を刺激することを願っている」と語った。 この作品は4月29日に地下鉄の国際センター駅に設置される予定です。 駅にはすでに他に2つの記念碑があります。1つは2014年ソチオリンピックで羽生が金メダルを獲得したことを示し、もう1つは2006トリノオリンピックで荒川静香の金メ​​ダルを祝うものです。荒川は仙台で育った若い頃を過ごした。 Hanyuの新しい記念碑は、彼の右手が彼の顔の前に置かれ、左手が手のひらを上にして頭上を上げて、昨年の「Seimei」というタイトルの彼の無料プログラムの初めにポーズをとっているのを特徴とします。 「(ポーズ)は天、地、そして人々を支配する力を表します」と彼はイベントのために集まった観客に説明しました。 "私はその時自信を持って滑っ​​ていました。" 羽生はまた、彼が人々に彼の2つの描写を比較することを望んだと言いました。 「私の顔の表情やポーズは記念碑によって異なります」と彼は言った。 「私は人々にそれらの詳細に注意を払って欲しいのです。」 羽生は、仙台は東日本大震災の8年後にまだ再建されており、津波は都市や東北地方の他の場所を破壊したと述べた。 「私は街を助けるためにできる限りのことをすることを決意しています」と彼は言った。 このイベントに参加した市内の泉区出身の68歳の女性は、羽生の言葉に感動したと語った。 「私は、再建への取り組みに対する揺るぎない決意を聞いた後、涙を流しました」と彼女は言いました。

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