Tag: 小沢一郎

橋下徹氏、小沢一郎代表と会食 前原誠司氏がつなぐ?

橋下徹氏、小沢一郎代表と会食 前原誠司氏がつなぐ?

  大阪市長などを務めた橋下徹・日本維新の会前代表は7日、東京都内で自由党の小沢一郎代表、国民民主党の前原誠司・元外相と会食した。橋下氏は2015年末に市長を退任。政界復帰を自らは否定し続けているが、野党内には待望論がくすぶる。かつての政権交代の立役者、小沢氏との接近は臆測を呼びそうだ。 橋下氏は今年9月に出版した近著で、自民党の1強政治の弊害を指摘し、「自民党に対する強い野党が必要」として野党勢力の結集を呼びかけている。維新ばかりでなく、他の野党の一部にも「絶対に政界に戻ってくる」(国民幹部)との期待感がある。 小沢氏も野党勢力の結集を訴えてきた。関係者によると、小沢氏は橋下氏の動向に強い関心を示しているという。橋下氏は著書で、小沢氏について「かつて自民党の中枢で権力闘争に揉(も)まれ続けてきた人であり、権力の本質について一番理解されている」と評している。前原氏は橋下氏、小沢氏それぞれと定期的に会食してきた。昨年の衆院選で民進党の旧希望の党への合流を主導して以降、政界の表舞台から遠ざかっていたが、今回は橋下氏と小沢氏の関係をつなぐ役割を担ったとみられる。

民進党が全国幹事会、新党結成構想を了承 小沢一郎自由党代表にも呼びかけへ

民進党が全国幹事会、新党結成構想を了承 小沢一郎自由党代表にも呼びかけへ

  民進党は1日、地方組織幹部を集めた全国幹事会を党本部で開き、大塚耕平代表が表明した民進党出身者による新党結成構想について全会一致で了承を得た。大塚氏は終了後、記者団に、立憲民主党の枝野幸男、希望の党の玉木雄一郎両代表に対して会談を呼びかける考えを示し、自由党の小沢一郎代表についても「呼びかける方向で考えている」と述べた。 全国幹事会で、大塚氏は「統一地方選まで1年前という局面こそ、皆さんに了解をいただくタイミングだと判断した」と述べ、新党に理解を求めた。「新党がすぐに国民に受け入れられ支持率が上がるという甘い考えは持っていない」とも語り、国会論戦を通じ支持を広げる姿勢を示した。 地方の幹部からは「民主党政権時代の問題を整理しなければ、延長線にできた党の支持率は回復しない」「今度作る政党はじっくりと腰を据えた党名にしてほしい」などの意見が出た。 ただ、野党第一党の立憲民主党は大塚氏の提案に同調しない姿勢を示しており、新党が実現しても、民進、希望両党を軸とした再編にとどまる公算が大きい。枝野氏は3月31日の党会合で「離合集散にくみするつもりはない」と述べ、新党と距離を置く立場を鮮明にした。 民進党の杉尾秀哉参院議員は1日、長野市内で記者団に「立憲民主党をのけた形での合流は全く賛成できない。自分の政治信条に合わないと思ったら新党に加わらない」と表明した。

森友問題「権力の乱用、私物化です」 自由・小沢代表

森友問題「権力の乱用、私物化です」 自由・小沢代表

  小沢一郎・自由党代表(発言録)  (森友問題は)国民財産を特定の人にほぼ無償で払い下げるという問題で、あまりにもレベルの低い権力の乱用、私物化です。(文書改ざんは)財務官僚の劣化も問題だけどね、やっぱ、都合の悪いことを役人に押しつけようという政治家の根性はもっとひどいね。(内閣支持率は)もっと下がるんじゃないですか。30%まだあるのか。っちゅう感じだな。 彼(安倍晋三首相)の心理は分からないけど、このままズルズルと恥をさらしていくっちゅうのは、普通の政治家だと、ちょっと耐えられないよね。やっぱり潔くこの際、身を引く方がいいだろうとボクは思いますね。いくら頑張っても、このまま頑張り切れるとは私は思っていません。第1次(安倍政権)の時と似たような。

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フィギュアスケート選手の羽生柚鶴は4月20日に故郷の覇者として故郷に戻り、平昌オリンピックで金メダルを祝う記念碑の前でポーズを取った。 4月20日に市の青葉区で開かれた式典で、羽生さんは「碑が仙台への観光客の流入を刺激することを願っている」と語った。 この作品は4月29日に地下鉄の国際センター駅に設置される予定です。 駅にはすでに他に2つの記念碑があります。1つは2014年ソチオリンピックで羽生が金メダルを獲得したことを示し、もう1つは2006トリノオリンピックで荒川静香の金メ​​ダルを祝うものです。荒川は仙台で育った若い頃を過ごした。 Hanyuの新しい記念碑は、彼の右手が彼の顔の前に置かれ、左手が手のひらを上にして頭上を上げて、昨年の「Seimei」というタイトルの彼の無料プログラムの初めにポーズをとっているのを特徴とします。 「(ポーズ)は天、地、そして人々を支配する力を表します」と彼はイベントのために集まった観客に説明しました。 "私はその時自信を持って滑っ​​ていました。" 羽生はまた、彼が人々に彼の2つの描写を比較することを望んだと言いました。 「私の顔の表情やポーズは記念碑によって異なります」と彼は言った。 「私は人々にそれらの詳細に注意を払って欲しいのです。」 羽生は、仙台は東日本大震災の8年後にまだ再建されており、津波は都市や東北地方の他の場所を破壊したと述べた。 「私は街を助けるためにできる限りのことをすることを決意しています」と彼は言った。 このイベントに参加した市内の泉区出身の68歳の女性は、羽生の言葉に感動したと語った。 「私は、再建への取り組みに対する揺るぎない決意を聞いた後、涙を流しました」と彼女は言いました。

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