Tag: 宮里藍

畑岡、待望の米ツアー初V 飛躍へ大きな一歩

畑岡、待望の米ツアー初V 飛躍へ大きな一歩

  畑岡奈紗(19)が待望の米ツアー初優勝を果たした。参戦1年目の昨季は、19戦して決勝ラウンドに進んだのは7試合。賞金ランク136位とシード獲得には及ばず、最終予選会への再挑戦を余儀なくされた。ロングヒッターぞろいの米ツアーで飛距離を求めて焦り、一時は自分のスイングを見失った。 だがフラットになっていたスイングを軌道修正し、本来のショットを取り戻した。昨秋の日本女子オープンでは、史上初のアマチュア優勝を遂げた2016年大会に続く連覇を達成。移動距離の長い米ツアー転戦や異国の環境、芝質にも慣れたのだろう。今季は4試合でトップ10入り、5月のキングズミル選手権では2位に入っている。大山志保のバッグを長年担いだデイナさんをキャディーに起用。母・博美さんが同行しサポートしているのも心強いはずだ。 この大会では6年前に宮里藍が優勝。コースはアップダウンもあって距離は短く、日本人向きといわれる。森口祐子プロは「落ち着いて冷静にやっていた。アイアンショットでチャンスをつくり、強気のパットもよく入った」。3日間でボギーは初日の1つだけでバーディーを量産、後続を突き放した。「人と戦うのではなく、気持ちをうまくコントロールして自分のゴルフに集中していたと思う。もともとアイアンの切れ味は秀逸で、ポテンシャルは高い。2年目で、向こうの選手にもなじんだよう。2勝目、3勝目を期待させる圧巻のプレー」と話す。 筋力トレーニングの成果で、腰回りや太ももが1年前に比べぐっとたくましくなった。平均飛距離も昨季の251.12ヤード(85位)から263.27ヤード(26位)に伸びている。獲得賞金額はランク5位(64万2146ドル)に浮上した。 28日にはメジャー第3戦の全米女子プロ選手権(イリノイ州)が開幕する。世界の頂点を目指す畑岡が大きな第一歩を踏み出し、どんな戦いをするのか。今後の飛躍が楽しみだ。

宮里藍さん、誕生日に結婚「現役支えてくれた彼に感謝」

宮里藍さん、誕生日に結婚「現役支えてくれた彼に感謝」

  女子プロゴルフの元世界ランキング1位で、2017年9月に第一線を退いた宮里藍さん(33)が21日、自らの誕生日の19日に結婚したことをブログで発表した。お相手は以前から交際していた男性マネジャーで、渡米後に出会ったという。宮里さんは「いい時も悪い時も現役生活を最後まで支えてくれた彼には本当に感謝しかありません。これからは、私自身が成長していきながら、温かい家庭を築いていきたいと思います」などと記した。 宮里さんは沖縄県出身。父の影響で、4歳からゴルフを始めた。宮城・東北高3年だった03年9月のミヤギテレビ杯ダンロップで優勝し、翌月にプロ転向を表明して史上初の高校生プロ選手となった。06年からは米ツアーに本格参戦。10年には日本勢初の世界ランキング1位になり、日本勢最多の年間5勝を挙げた。アマ時代を含め日本ツアー通算15勝、米ツアー通算9勝。

有村智恵は6年ぶり優勝を逃すも「楽しかった」

有村智恵は6年ぶり優勝を逃すも「楽しかった」

  ◇国内女子◇宮里藍 サントリーレディスオープンゴルフトーナメント 最終日(10日)◇六甲国際GC(兵庫)◇6525yd(パー72) プレーオフ4ホール目で惜敗し、2012年以来6年ぶりの優勝に届かなかった有村智恵だが、ホールアウト後はすっきりとした表情だった。 3打差の5位から出た最終日を5アンダー「67」とし、成田美寿々と通算16アンダーの首位に並んでホールアウト。最大のチャンスは、18番の繰り返しで行われたプレーオフの2ホール目。1.5mのチャンスにつけたが、「自分の思ったところに打ったけど、微妙なラインでフックだと思ったら最後スライスした」と決めきれず、4ホール目に成田にバーディを奪われて決着した。 「3割くらいの調子だった」というショットでプレーオフまで進出し、「6年ぶりという感覚もなくて落ち着いていた」と、久しぶりの優勝争いにも動じなかった。本調子にはほど遠い中でここまで戦えたことに一定の自信を得ながらも、「このショットとパッティングでは、ちょっと厳しいなと。(プレーオフ2ホール目の)あれが入らなければ、向こうに隙を見せてしまう」と、淡々と敗戦を振り返った。 だが、負けた悔しさよりも、味わった興奮が勝っていた。「楽しかったです。お客さんもたくさん残ってくれていたし、このままプレーオフをしばらく続けたいから頑張って入れよう、みたいなワクワク感があった。純粋に手が震えたりするのも、気持ちいいなと思いました」と、勝負の高揚感を胸に刻んで六甲を去った。

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