Tag: 名古屋市

踏切で急行列車と車衝突 名鉄瀬戸線、列車のけが人なし

踏切で急行列車と車衝突 名鉄瀬戸線、列車のけが人なし

  7日午後8時45分ごろ、名古屋市守山区町南の名鉄瀬戸線の踏切で、尾張瀬戸発栄町行きの急行電車(4両編成)と乗用車が衝突した。守山署によると、乗用車を運転していた愛知県春日井市の会社員女性(22)が頭などにけがを負ったが、電車の乗員乗客約45人にけがはなかった。運転士は「踏切内に車はなかった」と話し、電車の側面と車の前部などに衝突した跡があることから、電車が通過中の踏切に乗用車が進入した可能性があるとみて調べている。 事故の影響で、名鉄瀬戸線栄町―尾張旭間で約2時間にわたって運転を見合わせた。

サッカー、異例のPK戦やり直し決定 審判がルール誤る

サッカー、異例のPK戦やり直し決定 審判がルール誤る

  日本サッカー協会は11日、6日に名古屋市で行われた天皇杯全日本サッカー選手権2回戦のJ1名古屋―奈良クラブ(奈良県代表)で、担当審判員による明らかな競技規則の適用ミスがあり、PK戦をやり直すと発表した。試合は90分を終えて1―1。延長でも決着がつかず、PK戦の末、奈良クが5―4で勝利したが、PK戦そのものを最初からやり直す異例の措置となるという。 日本協会によると、問題があったのは、奈良ク4人目のキッカーのとき。キックする際にフェイントを入れたと主審が判断し、やり直しを命じ、2度目のキックで成功してPK戦が続いた。だが、競技規則では主審がフェイントと判断した場合、選手に警告を与え、キックは失敗としなければいけなかった。失敗なら4―2で名古屋の勝利が決まるはずだった。 日本協会は、この件について、国際サッカー評議会(IFAB)に確認した上で、11日、臨時の天皇杯実行委員会を開催。PK戦を1人目からやり直すことを決めたという。試合を終えて数日後にPK戦だけをやり直すのは、世界的にみても極めて異例。

河村氏、名古屋城EV問題で特別秘書任命 技術開発模索

河村氏、名古屋城EV問題で特別秘書任命 技術開発模索

  名古屋市の河村たかし市長は23日、空席だった特別秘書に会社員の田中克和(かつよし)氏(34)=同市東区=を充てる人事を発表した。6月1日付で、任期は1年間。 河村市長によると、田中氏は三重大卒。保育園運営会社に勤めており、5月末で退社する。2015年の一宮市議選で、河村市長の支援を受けて無所属で立候補したが落選している。 田中氏には当面、名古屋城木造新天守への導入を目指すバリアフリーの新技術開発を担当してもらうといい、河村市長は「開発に協力してくれる企業に頭を下げて回ってほしい」と述べた。 市の特別秘書は14年に設置され、河村市長の衆院議員時代の秘書が務めたが、昨年9月に辞任していた。

名古屋城のエレベーター問題、障害者団体が抗議声明

名古屋城のエレベーター問題、障害者団体が抗議声明

  名古屋市が木造復元を目指す名古屋城天守閣にエレベーターを設置しない方針を巡り、県内の障害者団体が参加する「愛知障害フォーラム」が「強く抗議し、再考を求める」との声明を16日発表した。声明では「弱い立場の意見を無視した人権侵害・差別だ」と市を批判した。今後、木造復元を許可する文化庁にも働きかけていくという。 同日、市役所で加賀時男代表らが記者会見した。市はエレベーター設置の代わりに、新技術を開発して昇降手段を確保するとしている。辻直哉事務局長は「(市は具体策を)明確に示してほしい。4年間かけて開発するというだけでは不安で信じられない」と述べた。 辻事務局長は国が批准した障害者権利条約や障害者差別解消法に市の方針が違反していると主張。「文化庁にも(現状のままでは)許可を出さないよう要請する」と話した。訴訟を起こすかどうかについては「裁判までになるのは非常に寂しい」との見解を示した。 名古屋市の河村たかし市長は障害者と直接面会し理解を求める方針。抗議声明を受け、河村市長は記者団に「(天守閣の完成まで)まだ4年ある。ロボット技術はものすごく発展する」と代替手段の開発が可能だとの認識を引き続き示した。

コンクリ天守「上り納め」 名古屋城、木造化工事へ

コンクリ天守「上り納め」 名古屋城、木造化工事へ

  名古屋のシンボルとして再建から約60年間親しまれてきたコンクリート製の名古屋城天守閣が6日午後、閉鎖された。名古屋市が進める木造復元が完成する予定の2022年末まで入場禁止となる。閉鎖後にはボランティアらによる清掃が行われ、現天守閣の「上り納め」に訪れた多くの人たちからは名残惜しむ声や新天守閣への期待が聞かれた。 ■武将隊やボランティア、感謝の清掃 天守閣閉鎖後のセレモニーで、名古屋城総合事務所の西野輝一所長は「今まで頑張ってくれた天守閣の労をねぎらいたい」とあいさつ。名古屋おもてなし武将隊やボランティアら約100人が、現天守閣への感謝を込めて、城の敷地内を清掃した。 この日、友人と旅行で初めて訪れた新潟市の歯科衛生士、辺見真梨奈さん(29)は「天守閣内部の展示物は見応えがあった。木造復元後もまた来たい」。名古屋市中川区の自営業、鈴木隆臣さん(53)は「小学校の遠足で来た思い出の場所がなくなるのはさみしい」と話し、「上り納め」をした天守閣を見上げた。 ■大型連休の入場者、前年より6割多く 名古屋市によると、4月29日~5月6日の大型連休期間の名古屋城の入場者数は前年より6割多い約17万2千人(速報値)で、記録が残る過去10年で最多だった。入場禁止に伴う「駆け込み」訪問や、近くに3月開業した商業施設「金シャチ横丁」も寄与したとみられるという。 名古屋城の天守閣は1612年に完成し、1945年の空襲で焼失。現天守閣は59年にコンクリートで再建された。ただ、震度6強の地震で倒壊する恐れがあることや、焼失前の資料が多く残り、史実に忠実な復元が可能であるなどとして、河村たかし市長が木造復元を決めた。 市の計画では、天守台石垣の調査に続き、19年に現天守閣の解体に着手する。同じく空襲で焼失した本丸御殿は復元が完成し、今年6月に全面公開される予定。 ■「入場禁止」看板を設置 名古屋市は7日朝、天守閣の入り口に入場禁止を知らせる看板を設置した。名古屋城総合事務所の西野輝一所長は、記者団に「多くの人を迎えた天守閣の閉鎖は寂しいが、これから木造復元をしっかり進めていきたい」と話した。 天守閣閉鎖の理由としている石垣の詳しい調査に向けた有識者会議の開催が遅れている点については「鋭意調整中で、できるだけ速やかに実施し、調査に取りかかりたい」と述べた。

<名古屋城>天守閣、7日から入場禁止 観光客殺到

<名古屋城>天守閣、7日から入場禁止 観光客殺到

  名古屋市のシンボル、名古屋城天守閣が木造復元に向け、7日から入場禁止となる。大型連休のさなか、しばらく見られなくなる天守閣からの眺めや城内の文化財を見ようと、県内外から大勢の人たちが足を運んでいる。 名古屋城は徳川家康の命で17世紀初めに築かれたが、第二次世界大戦の空襲で焼失。1959年に市民の寄付を受け鉄筋コンクリート造りで再建された。現天守閣は震度6強の地震で倒壊する恐れがあるとされ、市は木造復元を決めた。入場禁止は復元の前提となる石垣を調べるためで、その後復元が完了する予定の2022年末まで天守閣に入ることができなくなる。 入場禁止を前に名古屋城の来場者は急増。大型連休前半の4月28〜30日には、約5万人(速報値)と過去5年間で最多となり、5月に入っても「上り納め」の来場者が途切れていない。城巡りが趣味だという東大阪市の吉村章さん(67)は1時間半待って、天守閣に上ったといい、「周りがビル街の大阪城と違い緑が多く、見晴らしが良い。木造になったらまた来たい」と話した。 名古屋城には多数の文化財が保管されている。そのうち狩野派の絵師たちが描いた旧本丸御殿の障壁画と天井板絵は計1047面が国の重要文化財に指定され、一部は天守閣で展示してきた。天守閣閉鎖後は建設中の専用施設に展示される予定で、完成まで数年間はこれらの文化財も城内で見ることができなくなる。 名古屋城天守閣の入場は6日まで。午前9時〜午後5時半(最終入場は午後5時)。6日の閉鎖後は「ありがとうイベント」としてボランティアらが天守閣周辺を清掃する。

至学館大学長が被害届 フジ番組男性に「つかまれ軽傷」

至学館大学長が被害届 フジ番組男性に「つかまれ軽傷」

  レスリング女子のパワハラ問題を巡る取材で、フジテレビの情報番組の男性にけがを負わされたとして、至学館大学(愛知県大府市)の谷岡郁子学長(63)が、愛知県警に被害届を提出していたことが10日、分かった。県警は傷害の疑いで調べている。 学長らによると、日本レスリング協会が、前強化本部長で至学館大レスリング部監督の栄和人氏にパワハラ行為があったと発表後の8日、名古屋市内の自宅マンションを訪れた情報番組の男性に腕をつかまれ、軽傷を負ったという。 フジテレビ・企業広報室は「映像でも確認致しましたが、谷岡学長と弊社ディレクターとは体は接触しておらず、なぜそのような被害届を提出されたのか当方としては理解に苦しんでおります」とコメントした。

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羽生は彼の新しい記念碑が仙台を訪問することを願っています

フィギュアスケート選手の羽生柚鶴は4月20日に故郷の覇者として故郷に戻り、平昌オリンピックで金メダルを祝う記念碑の前でポーズを取った。 4月20日に市の青葉区で開かれた式典で、羽生さんは「碑が仙台への観光客の流入を刺激することを願っている」と語った。 この作品は4月29日に地下鉄の国際センター駅に設置される予定です。 駅にはすでに他に2つの記念碑があります。1つは2014年ソチオリンピックで羽生が金メダルを獲得したことを示し、もう1つは2006トリノオリンピックで荒川静香の金メ​​ダルを祝うものです。荒川は仙台で育った若い頃を過ごした。 Hanyuの新しい記念碑は、彼の右手が彼の顔の前に置かれ、左手が手のひらを上にして頭上を上げて、昨年の「Seimei」というタイトルの彼の無料プログラムの初めにポーズをとっているのを特徴とします。 「(ポーズ)は天、地、そして人々を支配する力を表します」と彼はイベントのために集まった観客に説明しました。 "私はその時自信を持って滑っ​​ていました。" 羽生はまた、彼が人々に彼の2つの描写を比較することを望んだと言いました。 「私の顔の表情やポーズは記念碑によって異なります」と彼は言った。 「私は人々にそれらの詳細に注意を払って欲しいのです。」 羽生は、仙台は東日本大震災の8年後にまだ再建されており、津波は都市や東北地方の他の場所を破壊したと述べた。 「私は街を助けるためにできる限りのことをすることを決意しています」と彼は言った。 このイベントに参加した市内の泉区出身の68歳の女性は、羽生の言葉に感動したと語った。 「私は、再建への取り組みに対する揺るぎない決意を聞いた後、涙を流しました」と彼女は言いました。

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