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空き地に放置されていた壁、実は「ベルリンの壁」だった。崩壊から29年後に認定

空き地に放置されていた壁、実は「ベルリンの壁」だった。崩壊から29年後に認定

  冷戦時代の東ドイツ当局が1961年に「ベルリンの壁」構築に着手してから57年を迎えた8月13日、新たな壁の一部が見つかったことが発表された。複数のドイツメディアが報じている。 1989年に壊された東西ドイツを分かつ「ベルリンの壁」の一部は、ベルリン市内のミッテ区(中央区)で発見された。 https://twitter.com/dwnews/status/1029232900116377600 ドイツの放送局ターゲスシャウなどによると、この壁は、ミッテ区の旧東ドイツ側の地区にあったという。連邦情報局の近くにある空き地に残されていた壁を、今年6月に、近くを散策中だった市民たちが発見。その後、ベルリンの壁の保存などをしている公益法人「ベルリンの壁財団」が、本物であることを確認した。 約20メートルに及ぶこのコンクリート壁は、ランプホルダーを備えた壁の外観、寸法や材料からして、1985年ごろに建てたられたものだという。 エフライム・ゴーテ地区評議会議員は「まだ発見されていない壁があったことにすごく驚いた」と述べた。 発見された壁は今後、ほかの壁と同様に登録し、保存される。 もうすぐ崩壊30年 2019年で崩壊から30年を迎えるベルリンの壁は、現在までにいくつかの残骸が発見されている。2018年1月にも、歴史家がベルリン市・ライニッケンドルフ区とパンコウ区の境界で壁の一部が見つかっている。 8月13日には、当時西側に壁を越えて脱出しようとして射殺された市民の追悼式典が開かれている。

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