前例なければ前例を作る イチローの宿命

Source: diamond.jp

 

5月3日(日本時間4日)、記者会見を終えたマリナーズのイチローは着替えると、そのまま練習をするためフィールドへ向かった。

相手エンゼルスの大谷翔平が先発した6日は外での全体練習がなかった。だがイチローは通訳を伴ってグラウンドに姿を見せ、キャッチボールなどデーゲーム前に行うルーティンをいつも通りに消化している。

ちょうど、地元のリトルリーグでプレーしている子どもたちがウォーニングトラック(打球を追う外野手に外野フェンスが近づいていることを知らせるゾーン)を1周するイベントが行われており、ぐるりと球場全体を囲んでいた。イチローが出てきた瞬間に歓声を上げ、足を止める。付き添いの親たちは一斉にスマートフォンを構えた。

そんな彼らを前にイチローは遠投を披露。それだけでファンは沸いたが、通訳の返球を背面キャッチすると、歓声が拍手に変わった。

決定的に違うのは「その後」

さて、そうした景色そのものは一見、これまでとなんら変わらない。今も練習前は打撃ケージで打ち込み、試合前の練習ではチームメートらと一緒にストレッチをし、キャッチボールや守備練習、打撃練習といったメニューをこなす。

ところが、その後が決定的に違う。

1球目が投じられる前にイチローはベンチの奥へと姿を消し、スタメンに名を連ねることもなければ、代打で出場することもない。次に51番の背中が見えるのは、試合に勝った直後。チームメートを出迎えるため、ダッグアウトから出てくるときに限られる。

試合中、ベンチに入れるコーチらの数が決まっているからだが、2000年代半ばまではルールはあっても、特に強制力はなかった。ゆえに、レッドソックスなどで活躍し、同球団で監督も務めた故ジョニー・ペスキーさんは「インストラクター」という曖昧な役職のまま80歳を超えてなお、試合中にベンチにいることが許されていたが、07年からルールが厳格化された。

いずれにしても前例がないだけに、練習をすることも試合中に姿を消すことも、その光景には違和感を伴うが、首をかしげたくなるのはそのことにとどまらない。

そもそもすべてが、異例なのである。

すでに様々な形で報じられているようにマリナーズは3日、イチローが選手登録から外れ、今季はもう試合に出場せず、会長付特別補佐に就任すると発表した。

しかしそれは引退ではなく、暫定的な措置。イチローには来季、復活のチャンスが与えられるという。そのための準備として今季はチームに帯同し、練習を行うことも許可。試合中、ベンチに入ることだけが、許されない。ざっとそれが概要だが、もとをたどっていくと、判断の背景には日本で行われる来季の開幕戦が見え隠れする。

今季に関してはもう、イチローに出場機会を与えることはできない。しかし来季の日本凱旋はマリナーズだけではなく、大リーグ機構、日本の主催者側、そして日本のファンが望んでいること。イチローが出場すれば皆が喜ぶのではないか、という興行本来の原理が裏で働いているように映る。

イチローにもメリットはある

そういう形での復帰をイチローが望んでいるとは思えないが、イチローにもメリットはある。おそらくマイナー契約を交わして、キャンプに参加することになる。そこで結果さえ残せば、平等に競争させてくれるかとアピールもできる。イチローもまた、日本開幕戦を利用できるのだ。

その先はわからないが、イチローは少なくとも自分のキャリアをコントロールできる。それは実は、ここ何年もなかったことだ。マーリンズ時代も控えという役割が固定され、レギュラー争いなどさせてもらえなかった。

実力でその先の道を切り開く。その魅力こそ、今季を犠牲にしてまで、手にしたかったことなのかもしれない。

ただそれは、容易な道ではない。

練習だけでは試合勘を保ちつづけることは不可能だろう。さらに練習では試合での予測のできないような動きを補うこともできない。結局、試合でしか得られないものがある。

イチロー自身「(難しさを感じるのは)これからでしょうね。新しいチャレンジであることは間違いない」と話したが、同時に自分の状況をこうも捉えている。

「僕は野球の研究者でいたいというか。自分が今44歳で、アスリートとしてこの先、どうなっていくのかっていうのを見てみたい。それはプレーしていなかったとしても、毎日鍛錬を重ねることでどうなれるのかということを見てみたい、という興味が大きい」

試合に出られないなら、出られないなりにできることもある。考え方次第……。

また、「それ(来季復帰の可能性)があることで明確に、遠いですけれど、目標を持っていられるっていうのは大きなこと」とも語り、モチベーションのよりどころもある。だからこそ、気持ちを保ち続けられる。

それでも、復帰は難しいのではないかという見方そのものが、イチローが自分を奮いたたせる原動力にもなりうる。

権藤氏「あいつなら、できる」

イチローと親交の深い野球評論家の権藤博氏は「あいつなら、できる」と話した。

来季を見据え妥協なき日々を送り、これまで長い野球人生で培ったすべてをパフォーマンスに直結させるにはどうすべきか突き詰める。そこで緊張感を切らさず、自分を律する。

イチローならというより、イチローにしかできないことではないか。

前例がなければ、前例を作る。道なき道を歩むのは、彼の宿命でもあるのかもしれない。

Source :

nikkei

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