「リクエスト」の代償と納得できぬ「申告敬遠」

Source: nikkei

 

シーズンが開幕して1カ月あまりがたった。今季はいくつかの新しい制度が導入された。それで改善されたこともあるが、失われたものもある。思うところを述べたい。

まずは「リクエスト制度」について。本塁打かファウルか、アウトかセーフの判定において、監督は審判団に映像でのリプレー検証を求められるようになった。1試合で2度の権利があり、判定が覆れば回数は減らないというものだ。

これは基本的にいい制度だと思う。選手は何よりも正しい判定を求めている。単純なミスジャッジだけでなく、見事な守備に審判が思わず「アウト!」とうなってしまうようなノリによる誤審も含めて野球ということもできるが、映像で見れば明らかな間違いに勝敗や成績を左右されてはたまらない。選手には生活が懸かっている。

日本野球機構(NPB)の集計では4月22日までに50回のリクエストがあり、18回の判定が覆ったという。「そんなもんだろう」というのが正直な感想だ。現役時代の実感とも一致している。米大リーグの審判は問題があればマイナーへの降格もあり得るが、日本にはそれがない。審判により大きな責任感と緊張感を持って判定してもらうにも有効な制度だろう。

正確さの代償もある

しかし、正確さの代償もあることは指摘しておきたい。際どい判定に血相を変えてベンチを飛び出し、審判に猛抗議していた熱血監督も、今年からは両手で四角をつくって「リクエスト」とやれば終わり。口角泡を飛ばした揚げ句、思わず手が出て退場になり、ベースを投げ飛ばしたり、ベンチを蹴り飛ばしたりする光景がもう見られないと思うと少し寂しい。時と場合にもよるが、監督の猛抗議がナインに「やってやろうじゃないか」と一体感を生むことは確かにあった。紳士的になれば、それだけ無機質にもなる。付け加えれば、リクエストの権利は1度で十分だろう。判定が変われば権利は減らないのだし、実際に2度使い切るケースはほとんどないように見受けられる。

投手の「2段モーション」も解禁された。昨季、反則投球をとられて苦労した菊池雄星(西武)のような投手は伸び伸びと投げられるようになった。ルールに合わせるため、軸足にためをつくりきれなかった投手には朗報だ。打者の立場からすると、投球動作に入った後のフォームが1段だろうが2段だろうが、大した違いはない。個人的には2段モーションよりも「不意打ち」の方が問題だと思っている。

牧田和久(現パドレス)が西武の新人だったころ、捕手のサインを見ているようなそぶりをしているところから急に投げてきたことがある。これについてはメディアを通して不満を伝えたし、球審にも「あんなの、いいの?」と確認した。答えは確か「紳士的ではなく、ほめられたものではないが、ルール上はダメではない」というようなものだった。

そうはいっても、である。野球の中心は投手と打者の一騎打ちだ。相撲の立ち合いを思い浮かべてほしい。陸上のようなスタートの合図があるわけでなく、両者が手をつき、あうんの呼吸で立つ。立ち合いの変化や、その後の攻防のなかで肩透かしを引くことはあっても、すべては立ち合いが成立した後の話だ。投げるそぶりを見せず、打者が構えていなかったところに急に投げ込むのは、僕に言わせれば「立ち合い不成立」。ルールで禁じられていなくても、すべきではないことだ。

最後は実際にボールを投げなくても、申告すれば四球になる「申告敬遠」について。これは絶対に要らない。というより、いくら大リーグが採用していても、こんなものを導入してはいけない。大げさにいえば野球の根幹に関わる。

敬遠であっても投手が4球投げれば、何が起こるかわからない。過去には暴投した投手もいたし、ボール球を打ってサヨナラ安打にした打者もいた。敬遠に抗議するため、バットを持たずに打席に立った長嶋茂雄さんや、空振りした田尾安志さんのような打者もいた。実際、こんな「想定外」が起きる確率は限りなくゼロに近い。けれども確率がほとんどないということと、あらゆる可能性を最初から排除してしまうというのは全く意味合いが違う。前の打者が敬遠されるのを待つ間、じわじわとわき上がってくる闘志も過去のものになってしまった。

時短優先の行き着き先は…

申告敬遠の導入は試合時間の短縮が目的とされている。しかし野球はそもそも、時間制限を受けず、省略なしで9回を戦って勝敗を決めるゲームだ。時短優先の考えを突き詰めれば、ストライク3つではなく2つで1アウト、3アウトではなく2アウトで攻守交代、1打席に規定の数のファウルを打ったらアウトなど、なんでもありになる。「10―0でリードしているから八回の攻撃は放棄します」という省略も歓迎されるかもしれない。しかしそれはもはや野球ではないだろう。

野球を五輪競技として採用してもらうため、ソフトボールのような7回制にしてはどうかという話が出たことがある。こんなことをいう人は野球を全くわかっていない。「7回でやるぐらいなら五輪競技にならなくて結構」となぜ考えられないのか。

ダラダラした試合はもちろん減らした方がいい。しかし時短は、速やかな攻守交代やイニング間の投球練習の削減など、野球の本質に関わらない部分ですべきこと。打席に入るときの登場曲をなくすなど、やれることはいくらでもある。省いていいことと悪いこと、得られるものと失うもの。ルールや制度をいじるときは、その見極めに慎重でありたい。

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nikkei

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