<エンゼルス13-2インディアンス>◇3日(日本時間4日)◇エンゼルスタジアム

 エンゼルス大谷翔平投手(23)が、本拠地初打席で移籍後初ホームランを放った。

1回2死満塁で打席がまわり、4球目に相手の暴投で二、三塁へと状況は変わったが、カウント2-2から74マイル(約119キロ)のカーブを右翼スタンドへ運んだ。「フェンスに当たるかなと思って走っていたので、入ってくれてうれしかったです」。ダイヤモンドを一周してベンチへ戻ると、チームメートたちが大谷に視線を向けることもなく、まったく出迎えないサプライズ演出もあった。これは「サイレント・トリートメント」というメジャーではおきまりの儀式。大谷は「わからなかったですね。でも(ベンチに)行ったときには“こういうやつ”なのかなと思った。うれしかったです」と笑った。

エンゼルスによると、初勝利を挙げた選手が、その後2日以内に打者出場した試合で最初の打席に本塁打を放つのは、1921年6月13日、14日のベーブ・ルース以来だという。大谷は「すごい光栄なこと。今日よりこの先の方が大事になるんじゃないかなと思う。(バットを)振れているうちはいいですけど、いろんな投手が出てきて、自分のスイングができないときに、どういう風に超えていくのかが大事だと思う。今日はよかったですけど、次に向けて練習したいと思います」と話した。

3回には右前打、8回には中前打を放ち、猛打賞も記録。2日前の4月1日(日本時間2日)に初登板初勝利を挙げたばかりだが、立て続けの大活躍。それでも本人は「まだ成し遂げてはいないですし、始まったばかり」と気を引き締めた。

Source :

nikkansports

Next Post

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

5 × four =

Translate

Popular Post

は世界最高のものですが、日本のクラフトビールはどうですか?

2014年、日本は、世界的に有名なジム・マレーが「ワールド・ウイスキー・オブ・ザ・イヤー」を選んだとき、世界を驚かせました。 100 「信じられないほどの天才」と彼は書いた。 "現時点ではスコッチがどこにも近づくことができないシングルモルト。" それ以来、日本は独立したウイスキーシーンの最愛の人であるニッカ、サントリー、キリン、秩父のような住宅に賞賛を集めてウイスキーの世界を席巻しました。しかし、ウイスキーを持っているすべての才能のために、日本人はまだ別の西洋の飲み物を習得していません:クラフトビール。 ニセコを拠点とするBar Gyu +と夫の渡辺久の共同所有者であるIoanna Morelliは、次のように述べています。 「日本は夏の間は暑い国であり、朝日やキリンのような主要なプレーヤーは本当に人気がある「スーパーコールド」または「サブ0」ピルスナーを持っています。」 ここ数年で、一握りの日本の工芸品醸造所が全国各地にオープンし、成功の度合いはさまざまです。 「良いビール醸造所は本当に素晴らしい」とビールとワインバーのオーナー、オーストラリアのミックニッポン氏はニセコでも言った。 「悪い人はただひどいのです」 問題の一部は日本の自家製の醸造文化の欠如から生じています。アラバマ州とミシシッピ州は2013年まで合法化していませんでしたが、大多数の州では、自家醸造は1978年に合法化されました。免責 この法律は、さまざまな種類の酵母を専門とするホップファーム、モルトハウス、および実験室に対する需要を生み出し、また、いつの日かは活況を呈している産業を支える強力な知識基盤を生み出しました。それとは対照的に、日本では、1%を超える自家製ビールは違法です。地元の人々は、彼らが大声で宣伝しない限り誰も気にしないと言いますが、合法的な赤字は自家製の醸造コミュニティが小さいままでいることを保証します。 今日、日本の自家醸造業界は主に外国で技術を学び、自分たちの機器を日本に持ち込む外国人によって運営されています。彼らが去るとき、彼らはしばしば他の元パットまたは地元の人々に彼らの機器を売る。 クラフトビールバーMikkeller TokyoのオーナーであるHamilton Shieldsは、ニセコのMick's Placeで夏を過ごしました。...

Read more