まだまだ序章 大谷と藤浪のライバル物語

Source: latimes.com

 

長嶋茂雄と村山実、王貞治と江夏豊、落合博満と山田久志ら球史に残る名勝負がある。稲尾和久と杉浦忠の投げ合いも魅力的だった。これら先人のライバル対決に劣らぬ好勝負を繰り広げると期待された元日本ハム・大谷翔平と阪神・藤浪晋太郎の顔合わせが、大谷の米大リーグ・エンゼルス入りで消えた。

ともに全国区のスーパー球児

2人はともに1994年生まれ。大谷は岩手・花巻東のエースで4番打者、藤浪は好選手がひしめく大阪桐蔭のエース。ともに全国に名をとどろかせたスーパー球児だった。ただ、甲子園大会に関する限りは藤浪の“圧勝”だった。大阪桐蔭は2012年の春夏大会連覇を果たしたが、花巻東は同年春に1回戦で敗退。夏は岩手大会決勝で盛岡大付属に敗れて甲子園へ進めなかった。

甲子園での2人の直接対決は1度だけ。それは大阪桐蔭が快勝した12年春の1回戦だった。藤浪は2失点で完投したが、大谷は九回2死まで投げて9失点。11四死球を乱発する大荒れだった。ただ二回、藤浪に中越え先制ソロを浴びせ、4番の面目を施した。それと、夏の岩手大会で160キロの速球をマークしたことを合わせ、投打「二刀流」の評判は早くから高かった。

12年秋の2人はドラフトの“目玉”だった。大リーグ志向の大谷の指名を、どこもためらった。日本ハムが敢然と指名し、粘り強い説得で獲得したのは周知の通り。藤浪は指名4球団が抽選して阪神入りした。2人の入団先がセ、パに分かれ、多くの対戦は望めない。それでも、それぞれのチームでの成績で人気や格に違いが生じる。この“出世レース”こそ、直接対決とはまた違う興味をそそる。

ともに13年春にプロデビューして、昨季まで5シーズン。藤浪が先行し、3年目の15年に大谷が逆転。2人とも故障に悩まされたが、藤浪がなかなか立ち直れないのに対し、大谷は念願通りにポスティングシステム(入札制度)で大リーグ入りした。

藤浪は13年の開幕3戦目に起用され、その後も先発ローテーションを守った。3年連続で2桁勝利をマーク。3年目の4完封を含む14勝、防御率2.40はエースへの道を着々と進んでいる証しだった。しかし、インステップする投球フォームが肩に負担をかけていると入団時から指摘され、それが右肩の違和感と最近の低迷につながった。

大谷は1年目こそ投手で3勝、打者では2割3分8厘、3ホーマーと寂しい二刀流だったが、2年目から本領を発揮。3年目に15勝、防御率2.24で最多勝、最優秀防御率の2冠を取り、藤浪より一足先に年俸1億円(金額は推定)をゲットした。さらに4年目には10勝、防御率1.86。打者としても3割2分2厘、22ホーマー、67打点と見事な二刀流の実績を残して2億円プレーヤー(同)になった。

一方、4年目7勝、5年目は2軍落ちもあって3勝に留まった藤浪は2年連続の減俸。2億円近くから1億2千万円(同)に下がった。17年暮れの契約更改後に大谷との差を指摘されると「だれかに対抗心を向けるのではなく、自分がしっかりしなければならない」と悔しがった。年間を通してローテーションを守るのが先発の義務ともいったが、今季も序盤でつまずき、険しい道をたどっている。

大リーグ入り、二刀流の続行と、希望通りにことを運んでいる大谷だが、この先は楽観できないぞ、と考えていたら、9日(日本時間)になって、右肘の内側側副靱帯損傷で故障者リスト入りの報が伝わってきた。日本ハム時代の17年は、4月初めに一塁ベースを踏み損ねて右足首の故障を再発。左太ももの故障も誘発して長期欠場に追い込まれたが、今回も長期の戦線離脱を余儀なくされそうだ。

ナマで見たい旬の2人の対決

さて、この先、大谷と藤浪の対決再現はあるだろうか。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)や20年東京五輪の「侍ジャパン」でチームメートになり、メダル獲得への貢献を競うことはできる。それも藤浪が復調しなければ、どうにもならない。

大リーグから藤浪に声がかかれば、米国内での投げ合いや投打対決が実現する。高校時代から時を経ての対決に興味が湧くが、米国のファンを喜ばせるだけ。大谷がヤクルト・青木宣親らのように帰国し、日本球団と契約すればいい。そうなったときには2人とも年をとり、くたびれてもいるだろう。ファンは旬の2人の対決をナマで見たいのだ。

Source :

nikkei

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*


5 + 1 =