阪急電車が新幹線に? 55年前レール間借り(もっと関西)

Photo: nikkei

 

出張先の福井県で不思議な光景を見た。開通前の北陸新幹線の高架を、見慣れない私鉄の車両が走行していたのだ。調べてみて行き着いたのが、半世紀以上前の意外な事実。東海道新幹線のレールで最初に営業運転したのは、実は阪急電鉄だったのだという。

JR福井駅を訪れたのは3月。金沢―敦賀間の延伸を2023年に控え、新幹線の一部の高架はすでに完成している。新幹線の車両が行き交うさまを想像していると、2両編成の私鉄の列車がゆっくりと高架を進んできた。そのままホームで停止したかと思うと、乗客が乗り降りを始めたではないか。

驚いて近くの駅員さんに尋ねると「えちぜん鉄道(えち鉄)の車両です」。福井の第三セクターだ。同社営業開発部の吉田周平さんが「福井駅と周辺の高架工事に伴う一時的な運転です」と教えてくれた。

同駅周辺は立体交差が進められ、えち鉄も路線を地上から高架に移すことになった。通常、高架工事の間は仮線や仮駅を設けることが多いが「幸い、隣に新幹線の高架が整備済みだった」と吉田さん。

えち鉄は15年から新幹線の福井駅の高架約800メートルの区間を間借りし、福井、新福井、福井口駅の3駅も仮設。工事を終え、新たな高架に戻ったのは6月末のことだ。

つまり“えち鉄新幹線”は期間限定の珍事。偶然目撃できたのは幸運だったわけだが、吉田さんが続けた言葉に驚いた。「全国初ではありませんよ。阪急電鉄が東海道新幹線で営業運転した先例があります」

完成後の高架で阪急電車と並走する東海道新幹線(山下勝久氏撮影)

阪急電鉄広報部の吉井伸一さんを訪ねると「話は1964年の東海道新幹線の開業以前に遡ります」。新幹線は京都と新大阪間の大山崎付近、約3.8キロで阪急京都線とぴったり並走することが決まった。当時まだ阪急はこの区間で地上を走っており、新幹線の高架の重みで線路が地盤沈下する恐れが指摘された。

解決策として阪急も高架化することに。まず新幹線の高架を建設。そこに阪急を走らせる間、阪急の高架を工事する手順だ。「特筆すべきがレール幅でした」と吉井さん。阪急と新幹線はたまたま同幅。新幹線のレールをそのまま走った。営業運転したのは63年4~12月。大山崎、水無瀬、上牧の3駅は新幹線の高架に仮設した。ちなみにえち鉄はレール幅が狭く、高架に専用のレールを敷いた。

新幹線の高架に仮設された阪急上牧駅(1963年、阪急電鉄提供)

それにしても阪急の小豆色の列車が新幹線を走るとは。当時の様子を知りたくなった。「さすがに当時を知る者はもう社内にいません」と吉井さん。「鉄道ファンの方を探してみては」

鉄道ファンが集う「鉄道友の会」に紹介してもらったのが同会阪神支部の山下勝久さん。当時は京都大の学生で、大阪府茨木市の自宅から阪急で通学した。鉄道写真が趣味で、その頃の写真を何枚も拝見できた。

急ごしらえ仮駅はまるで建設現場の足場のようだ。「行きは阪急の地上の線路、帰りは新幹線の高架だったことも」と山下さん。阪急が新幹線を走り始めたのは下りが63年4月24日から、上りは5月11日からだったためだ。新高架に阪急が移った後も「しばらくは、ゆっくり試運転するひかりやこだまを追い越したものです」と感慨深げだ。

最後に阪急大山崎駅を訪れた。ホームを通過する特急列車を、のぞみが悠々と追い越していく。人に歴史ありというが、鉄道にもまた思わぬ歴史。走り去った2つの列車が、いつもとは全く違う姿に映った。

Source :

nikkei

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