皇太子ご夫妻、結婚25周年 写真で振り返る歩み

Source: nikkei

 

皇太子ご夫妻は6月9日で結婚25周年を迎えられる。2019年5月1日には皇太子さまは新天皇に即位され、雅子さまは皇后となる。「銀婚」の節目に、2人の出会いからの道のりを写真とともに振り返る。

 「会った時のひらめき、フィーリングを大切にしたい」(1984年の記者会見)、「結婚は30歳前の方がいい」(85年の記者会見)。留学先の英国でこう述べていた皇太子さまは帰国後の86年10月、当時外交官試験に受かったばかりの雅子さまと出会われる。舞台は東宮御所で開かれたスペイン王女の歓迎パーティー。皇太子さまは26歳、雅子さまは22歳だった。

■鴨場のプロポーズ

その後、東宮御所や高円宮邸などで面会し、交際を重ねられたお二人。雅子さまの英国留学などで一時交際が途切れた時期もあったが、92年8月に再会し、同年10月、千葉県市川市の新浜鴨場で皇太子さまがプロポーズされた。熟考の末、雅子さまは同年12月、皇太子さまにお気持ちを伝えられる。「殿下のお力になれるのであれば、謹んでお受けします」。

朝見の儀で両陛下にあいさつする皇太子ご夫妻(1993年6月9日、宮殿・松の間)

93年1月、戦後7回目となる皇室会議が開かれ、婚約が内定すると、日本各地は祝賀ムードに沸いた。同年6月9日、「結婚の儀」が皇居で行われ、ご夫妻は皇居から東宮仮御所までの約4.2キロをオープンカーでパレード。沿道には市民約19万人が詰めかけ、結婚の儀のNHKの中継視聴率は30%を超えた。ご夫妻は同日、「これからは2人して皇族としての様々な務めに励んでいきたいと考えます」との感想を発表された。

■外国で、阪神の被災地で

元外交官の雅子さまは宮中晩さん会で外国元首らを接遇される姿など、皇太子妃としての一挙一動が注目された。結婚後初の外国訪問は94年11月。11日間かけて中東4カ国を歴訪し、各国の国王や首長らと面会。皇太子さまは同行記者団の前で「率直に言って大変良くやったという印象です」と雅子さまを笑顔でねぎらわれた。

クリントン大統領とエリツィン大統領の間の席につく雅子さま(1993年7月8日、皇居・豊明殿)

翌95年1月、兵庫県の淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が起こる。死者6千人を超え、戦後に発生した地震災害では当時最悪規模だった阪神大震災。ご夫妻は海外訪問の日程を繰り上げて帰国し、2月に兵庫県を訪問、被災者らを激励された。避難所では男の子にサインを求められ、皇太子さまがノートにペンで「がんばってください」と書かれる場面も。雅子さまは被災者の手を握り「地震の時怖かったでしょ」といたわられた。

■愛子さま誕生

結婚から6年半後の99年12月、雅子さまに妊娠の兆候がみられることが明らかとなる。にわかに報道は過熱するが、同月末に流産。皇太子さまは翌2000年の記者会見で「結果は私たちも心静かに受け止めることができました」としつつ、「不確かな段階で報道されたことは誠に遺憾であります」と述べられた。

皇太子さまに付き添われ、敬宮愛子さまを抱いて退院する雅子さま(2001年12月、皇居・宮内庁病院)

それから約1年半後の01年4月、宮内庁は雅子さまに懐妊の可能性があると明らかにし、翌5月に懐妊を正式発表。その後の経過も順調で、同年12月1日、雅子さまは宮内庁病院で女の子を出産された。身長49.6センチ、体重3102グラム。天皇陛下が名前を授けられる「命名の儀」が6日後に行われ、称号(宮号)は「敬宮(としのみや)」、お名前は「愛子(あいこ)」に決まった。

この時の喜びを、雅子さまは02年4月の記者会見で「本当に生まれてきてありがとう、という気持ちでいっぱいになりました」と表現された。思わず涙ぐむ雅子さまの背に、皇太子さまはそっと手を差しのべられた。

涙ぐむ雅子さまの背中に手を置く皇太子さま(2002年4月2日、東京・元赤坂の東宮御所)=宮内庁撮影

■雅子さまの変調

待望の第1子誕生後も、「お世継ぎ」を巡る重圧は依然としてご夫妻にかかり続けた。雅子さまは「適応障害」と診断され長期療養生活に。皇太子さまの「人格否定発言」は大きな波紋を呼んだ。さらには小学生に成長した愛子さまが長期欠席されるなど、様々な困難が押し寄せた。だがご一家はそのたびに強い絆で支え合い、乗り越えようとされてきた。

「(結婚後)外国訪問がなかなか難しいという状況は、正直申しまして適応することに大きな努力がいったということがございます」。02年12月、雅子さまはニュージーランドとオーストラリアへの訪問を前にした記者会見で、外交官から皇室入りした生活の変化への戸惑いを吐露された。

■「人格否定」発言

雅子さまは03年12月には帯状疱疹(ほうしん)で入院。皇太子さまは翌04年5月の訪欧前の記者会見で雅子さまの体調について「外交官としての仕事を断念して皇室に入り、国際親善を皇族としての大変な重要な役目と思いながらも、外国訪問をなかなか許されなかったことに大変苦悩しておりました」と胸中を代弁された。

この時の会見で飛び出したのが、いわゆる「人格否定」発言だ。

皇太子さまは雅子さまが体調を崩された背景を「この10年、自分を一生懸命、皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、私の見るところ、そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と述べられた。

この発言は大きな波紋を呼び、心配された両陛下が側近を通じ「改めて具体的な内容を説明しないと、国民も心配する」と伝えると、皇太子さまは「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんに分かっていただきたいと思ってしたものです」とする文書を公表された。

この間も雅子さまの体調はなかなか回復せず、宮内庁は同年7月、病名を「適応障害」と公表。長い療養生活は今日に至るまで続く。皇太子さまも07年6月に十二指腸ポリープ手術のため入院。10年3月には、学習院初等科2年生だった愛子さまが通学に強い不安感を訴え、雅子さまが通学や授業に付き添われた時期もあった。

幼児期の愛子さまを巡っては、天皇陛下が06年の誕生日記者会見の場で、愛子さまに会う機会が少ないのが残念として「いずれは会う機会も増えて、打ち解けて話をするようになることを楽しみにしています」と述べられた。これに対し皇太子さまは「両陛下とお会いする機会をつくっていきたい」と述べられたが、ご一家で皇居を訪問する回数は増えなかった。08年2月に当時の羽毛田信吾長官が「ご発言を大切になさってほしい。両陛下も心配されている」と異例の苦言を発したこともあった。

■東日本大震災

避難所となった味の素スタジアムの体育室を訪問し、被災者と話す皇太子ご夫妻(2011年4月6日、東京都調布市)

2011年3月、日本を再び大規模地震が襲った。1万8千人を超す死者・行方不明者を出した東日本大震災。皇太子ご夫妻は翌4月、福島県などから避難してきた人々が身を寄せる東京都内の施設を訪れ、被災者に「お体はいかがですか」などと声を掛けられた。同年6~8月にはご夫妻で宮城、福島、岩手の被災3県をそれぞれ日帰りで訪問。仮設住宅を見舞うなどして励まされた。

こうした中、雅子さまの体調にも変化の兆しが訪れる。東宮職医師団は同年12月の雅子さまの誕生日に当たり、なお心身の状態に波があるとする一方、被災地訪問について「着実な快復の兆候」と指摘。13年4~5月には約11年ぶりの海外公式訪問となるオランダ訪問を実現された。皇太子さまは同年6月の記者会見で、この訪問が「1つの自信になったと思います」と述べられている。

雅子さま、「着実な回復」

同年8~11月、ご夫妻は東日本大震災の被災3県を再訪し、仮設住宅の住民などを見舞われた。そのうち岩手県訪問は雅子さまにとって3年9カ月ぶりに宿泊を伴う地方公務。その後、雅子さまの活動の幅は徐々に広がっていく。

14年10月にオランダ国王が国賓として来日した際には、雅子さまは皇居・宮殿で行われた各行事に出席された。歓迎行事は5年半ぶり、宮中晩さん会は実に11年ぶりだった。翌15年には5日間に及ぶトンガ訪問(7月)や、12年ぶりの園遊会出席(11月)も果たされた。

天皇陛下は16年8月、退位の意向を示唆されたビデオメッセージを発表された。高齢で象徴としての役目が十分に果たせなくなることなどを案じられた内容で、翌17年6月に皇室典範に関する特例法が成立し、19年4月の天皇陛下の退位と同年5月の皇太子さまの即位が決まった。

天皇の退位は憲政史上初となる。皇太子さまは17年2月、57歳の誕生日に先だつ記者会見で、天皇陛下のお言葉に「とても心を揺さぶられました」と振り返られた。象徴天皇のあるべき姿について「陛下の例に倣いつつ考えていきたい」とし、「国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむことを続けていきたい」と新天皇としての決意を述べられた。

■象徴を受け継ぐ

退位まで残り1年を切った18年5月以降、皇后さまから新皇后となる雅子さまへの引き継ぎも始まっている。同月にはご夫妻と長女の愛子さまが皇居内の養蚕施設「紅葉山御養蚕所」を訪れ、長年養蚕に携わってきた皇后さまから施設や作業の説明を受けられた。宮中の養蚕は歴代皇后に受け継がれてきた伝統で、雅子さまが継承されることになっている。

全国赤十字大会に出席した皇后さまと皇太子妃雅子さま(2018年6月16日、東京都渋谷区の明治神宮会館)=日本赤十字社提供

同月、都内で開かれた全国赤十字大会でも、15年ぶりに出席した雅子さまを皇后さまが壇上で紹介される場面があった。日本赤十字社の名誉総裁は現在、皇后さまが務め、天皇陛下の退位後は雅子さまに引き継がれる見通し。側近によると、雅子さまは皇后さまの配慮に感謝されていたという。

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